2021年01月13日

成熟


成長。
育って大きくなる。おとなになる。

老化。
年を取るにつれて機能が衰えること。

年齢を重ねながら、人はいつまで成長して、いつから老化が始まるのでしょう。

生まれて9か月の姪孫、エンジェルちゃんと、80代の両親、じじばばと。
観察していると興味深くて、それぞれいとおしいけれど。

両者の違い。

昨日までできなかったことが一つひとつできるようになるエンジェルちゃん。
昨日までできていたことが一つひとつできなくなるじじばば。

仕事人としても同じことが言えます。

新入社員としてそのキャリアをスタートさせて、始めはできなかったことが少しずつできるようになって。
「成長した」とほめられながら、階段を登っていく時期。

いつを境にかはわからないけれど、確か前年はできていたと思うことが今年は難しくなって。
「手伝いましょうか」と声をかけられるようになる時期。

境界線を気付かないうちに越えている。

これからは、成熟でいこうと思います。

成熟。
そのことをするのに最も適した時期に達すること。
例:機運が成熟する。

いいと思う。

「そのこと」も「適した時期」も人によって様々ですから。

2020年は、私にとってはオンラインにチャレンジする最も適した時期でした。

1年早くにリクエストされたら、「やはり対面でないと」と、きっと腰が引けていたでしょうし。
1年遅かったら、「ついていけない」と、手を伸ばさなかったかもしれない。

2021年はどのような、「そのこと」に巡り合えるのか楽しみです。
心穏やかに、体健やかに、意欲十分で臨みます。




posted by Ayumi at 10:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月26日

2020年


2020年。
どのような年だったのでしょうか。

2019年は私にとってきらきら輝いた1年でした。
自身の人生の節目の年でもあり、すてきなイベントがてんこ盛り。

そのいずれもが、夢のように楽しいことで。
実は毎年思っているのだけれど、2019年は中でもトップを争う「それまでで最高の1年」と言える年でした。

来年はこのきらきら感を少し落ち着かせて地に足付けた1年にしよう、こんな夢のようなことが当たり前と思ってはいけない、と自分に言い聞かせていた昨年末。

年が明けて2020年は私の想像をはるかに超える大変な1年でした。
私だけでなく、世界中の多くの人にとって、衝撃的な事がらが山積み。

それでも、マイナス面ばかり見ていても姿勢が悪くなる。
仕事納めの今日、背筋伸ばして顔を上げて、1年を振り返ってみよう。

2020年。

研修が軒並みキャンセル、延期という悲しい事態。
それでも、年間250日以上の研修を連続16年と喧伝していたキャッチフレーズ。いつ看板下せるのかと思っていたけれど、コロナが下ろさせてくれました。数じゃないことで勝負しよう。

上半期の売上は前年比8割ダウンという悲惨な状況。
それでも、ここ数年、毎年、新年の誓いに掲げていた「ショッピング・ファスティング」が実現できました。価格のモノサシをぐんと引き下げることにも成功。惰性の買物はやめられそう。

集合研修の開催はほぼ不可能という大打撃な事実。
それでも、長年食わず嫌いで遠ざけてきたオンライン研修デビューが果たせました。やってみたら、これが思っていた以上に効果的で、むしろ受講者との距離が近かったり。改めて、新たなことにチャレンジする意味を知りました。食わず嫌いはやめよう。

いずれも、自らやろうとも思えないことだったし、やろうと思っても実現は難しいことだったと思います。

コロナでよかったとは、到底言えないけれど。
大切な1年。なかったことにはしたくないです。

2020年。
まだ6日間もあります。
背筋伸ばして顔上げて、しっかり終えたい。

2021年。
きっとすてきな1年に。




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2020年12月24日

プレゼンテーションのヒント・その2


プレゼンテーションがうまくなりたいという人、たくさんいます。

「1対1ならいくらでも話せるんだけど、大勢の前に立つと急に舞い上がる」という声をよく聞きます。

実際は、大勢の前で話せないという人は1対1でもきちんと話せていないのです。

1対1であろうが、1対多であろうが、基本は同じ。

●誰に何のために話すのか、目的と相手を明確にする
●欲張らずにポイント絞る
●相手の貴重な時間を無駄にしないだけの準備を怠らない

さらに、当たり前のようで、意外と多くの方ができていないなぁと思うことは。

「らしい」プレゼンテーションを目指すことです。

コミュニケーションに唯一無二の正解はありません。

論理的であることだけが相手のYESにつながるわけではないし。
活舌がよいことだけがすてきなプレゼンというわけでもありません。

自分の「らしさ」は何だろう。
相手の心に残したい印象はどのようなこと?

誠実、情熱的、スマート、こちらの立場に立ってくれる人だ、刺激をもらえる、楽しい、あたたかい、朴訥、論理的・・・。

どれも正解。

自身の置かれている立場、役割を考えた上で、イメージとの一貫性を大切に、日頃使っている自分の言葉で、話したい。

等身大の自分に素直に。
ただし、プレゼンテーション=プレゼントです。少しは準備のおめかしをして。

らしくないプレゼンテーションは、自分も居心地が悪いでしょうし、聴いている側も集中できません。

まずは、自分らしさと、目指したい姿を見直す。
プレゼンテーションがぐっと生き生きします。

私も「らしさ」を、今一度、ゼロベースで見直してみよう。






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2020年12月07日

プレゼンテーションのヒント


プレゼンテーションが苦手だという人。
かなり多くいます。

それでも、考えてみれば、「得意だ!」と言ってマイク握りしめて弁舌ふるわれても迷惑です。

苦手意識を持ってしっかり準備して臨むくらいがちょうどよい気がする。

ところが。
ながーいこと仕事をしていて、大勢のプレゼンテーションを指導してきましたが、苦手だという人にかぎって準備しなかったりします。

人前で話すと緊張して何を話しているのか自分でもわからなくなるという人。
少なくありません。

それでも、「緊張」は悪いことではないと思っています。

プレゼンテーションは、立場の違う人、専門性の異なる聴き手、多少利害がぶつかる相手に、何かしらの行動を求めて話すわけです。まったくお気楽に話していたら、むしろ、相手は「やる気あるのか」と思うかもしれません。

実際は。
緊張というより、舞い上がっている感じなんだと思います。

うまく話せているか、思い通りの進行になっているか、かっこよく見えているか。
自分中心の目線になると、ほんの少しのことであわてて舞い上がります。

プレゼンテーションは、用意してきたことを話して帰る場所ではありません。
相手の反応、ニーズや懸念を確認する場所。

本気の「聴き手フレンドリー」なプレゼンテーションを目指す。
話し始めたら、意識するのは自分の次の言葉やスライドではなく、聴き手の反応。

心からそう思えれば、プレゼンテーションのレベルはぐっとあがります。

相手が聴きたいのは、流ちょうな話ではなく、自分の役に立つこと。

言い間違えたら言い直せばいいし。
飛ばしてしまったら戻ればいいのです。

私はプレゼンテーションが苦手ではありません。
それでも、相当緊張するし、できる限りの準備はして臨みます。

準備はするけれど、準備したとおりに話すことには固執しません。

聴き手にとって不要なんだと察知したら、用意してきた1行削る勇気。
聴き手が思いのほか興味がありそうだと感じたら、一言加える柔軟性。

大切なのは、目の前にいる相手に対する想像力と配慮。

さ。月曜日!
相手の顔の見えない無観客状態のオンライン研修、2日間コースが始まります。
いつもより想像力を働かせ、配慮して。
1人で暴走しないように気を付けます。








posted by Ayumi at 08:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月28日

選択肢


仕事相手からのリクエストに100%応えられないことはしばしばあります。

〇月〇日か、△日か、×日のいずれかにお願いしたいという仕事の依頼。
3日も候補日挙げてもらっても、いずれもNGな場合があります。

「すみません、いずれも都合がつきません。またの機会に」では残念過ぎる。
NGな時こそ、こちらの誠意や意欲を伝えなければ。

ダメ元で、「△月△日か〇日ではいかがでしょうか」と返すようにしています。
そして、これが、意外とダメでもない。
提示した選択肢から選ばれることは少なくありません。

店頭での接客販売においても。

「ABCというバッグありますか」と訊ねられて
「申し訳ございません」では、淋しすぎる。
お客さまにとっての未知の商品との出会いのチャンスを奪ってはいけません。

いらないと言われるかもしれないけれど。
「サイズ感でしたらこちらのバッグも同等です。色がお気に召したようでしらたあちらは同色です」
そして、これが、意外と「いらない」とならなかったりします。

満額回答できなかったとしても、ゼロ回答は避けたいものです。
希望に100%応えられないとしても、条件付きでも、何かしら提案したい。

ポイントは2つ以上の選択肢を示すことだと思います。

1つしか示さなければ、相手の取り得る行動は、「我慢する」しかありません。
2つ以上あれば、相手は、「選ぶ」ことができる。

つい先日の話。

大切なクライアントに提案していたことが、このコロナ禍のあおりを受けて当初の予定どおりの実施が難しくなりました。

当初のプランに近い提案A案、B案と、「あり得ないかな」と思いながら全く新しい提案C案。計3つの選択肢を提案してみました。
いずれもNOと言われることも覚悟でしたが、先方からの答は「是非C案で」と、むしろ喜ばれました。

ひゃあ。やっぱり、言ってみるもんだなぁ。
選択肢を挙げる力を磨こう。













posted by Ayumi at 23:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月08日

理解


相手が言っていることすべてに賛成はできません。
なんでもかんでも「おっしゃるとおり」とも思えません。
よく分かっていないのに「私もそう思う」とも言いません。

それでも、いったん心を落ち着けて、本気で聴こうと思えば、理解、はできるのではないかと考えます。

仕事のコミュニケーションにおいて、最初で、最重要な一歩は、理解。
そう思っています。

理解くらいできるのではないかと思うけれど、実際はなかなか難しい一歩。

この人とは違うなぁと位置づけると、聴かなくなっちゃう。
聴いてるつもりでも、先入観もってバイアスかけちゃってるし。
理解を賛成と混同していると、むやみにしてはいけないのではと腰が引ける。

立場も専門性も異なる相手、利害のぶつかる相手の、ご本人が言いたかったことを100%理解するのは難しいかもしれないけれど。

自分とは異なる意見もあるということの理解から目指すのはどうでしょう。
理解しようという意欲をまずは持ってみるのはどうかしら。
賛成、共感しなくても理解はできると、理解の定義を見直してみたら。

簡単な同調、おおげさな共感は、避けたいことの1つです。

それでも、一緒に仕事をすることになった相手です。
本気で興味を示し、相手の話に耳と心を傾け、理解の一歩を踏み出したい。

ながーーい社会人人生振り返ってみても。
異なるタイプ、違った経歴の持ち主、プライベートだったら多分出会うこともなかっただろうというたち人からこそ、学んだことが多いと言えます。

賛成するか異なる意見を持つかはその次。












posted by Ayumi at 12:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月29日

公正


公平と公正。
似たような言葉だけれど、レベル感がだいぶ違う。

公平:判断や行動が偏っていないこと。
公正:判断や行動が偏っていないくて、正しい、正当なこと。

公平は、意識すれば、なんとか、実践できるようにも思います。

バランス感覚を意識的に駆使すれば、偏りはかなり防げる。
多様な人々の様々な意見を聴いていけば、ある程度の偏りは解消できる。

公正は、なかなか、難しい。

正しいか、正当かは、人によって物差しがまちまちです。

誰かにとって当たり前なことは、他の誰かにとってはありえないことだったり。

ある人たちにとって許しがたいことが、別の人たちにとっては大歓迎のことであったりもします。

正しいかどうかは、過去先人たちによって実証されてきたことを拠り所にするか、先に皆で決めたことに合っているかどうかを基準に判断することだ、と思っていました。

そもそも、その以前の決め事に関しても解釈が違うことがあれば、もう、本当に難しい。

天下国家は語らないけれど。

自分の責任の範囲、自分が周りに影響を及ぼすことに関しては、公正を心がけ、且つ、自分の判断が絶対正しいとは思いこまないようにしたい。

「正しい」、「正当だ」という強すぎる思い込みの上に立った判断はこわかったり、迷惑だったりします。

コミュニケーション研修は直接会うのがベストと思ってきたけれど。オンラインにはまた別の新たな効果があることに気付かされています。

信念と思い込みの微妙な境界線を間違わないよう、注意しよう。




posted by Ayumi at 08:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月18日

閉塞感


自らを取り巻く状況を何とか打開しようと試みるものの、その状況を打開できずもがき苦しんでいる状態。
先行きの見えない状態。

閉塞感が漂う日々が続いて久しいです。

なんだか息苦しいし、なんだか気が晴れないし。
見えない相手との戦いはつかれるし、うんざりします。

「あれはだめ」「これはいけない」「これして」「あれして」

制約や条件、要請や依頼がいくつも重なって、身動きとれない状態のビジネス現場をよく見ます。

「仕方ない」「できる範囲で」「今はむり」

制約や条件に縛られて、委縮して、小さくなっている声もよく聞きます。

そうなんだろうか。今だからなんでしょうか。
制約や条件がなかったときには、やりたいこと、遠慮せずにしていたのだろうか。

こんなときこそ、改めて、自分の基本、自分が目指す姿を見直してみたいです。

改めて、自分ができること、したいこと、そして、周りから望まれていることを考えてみる。

コロナでなくても、しなくてもいいことはしないし。
コロナであっても、すべきことはしたい。

まずは背筋伸ばして、大きく呼吸して、肩の力抜いて、もしかしたら、自らもつくっていたかもしれない「閉塞感」は取り払う。

先日、ペディキュアを担当してくれたネイリストから、「足の指が伸び伸びしていますね」と言われました。

この7〜8カ月はハイヒールで1日中立って研修という機会が極端に減ったので、それまで、ぎゅーっと縮こまっていた足の指たちが解放感を満喫しているらしい。

全てが解放されることもないし、どこも閉塞っていこともないわけで。
できないことに目を向けずに、できることをやってみます。



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2020年09月16日

引き算の勇気


やり過ぎ禁物。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」は常に意識したいことの1つ。

ついつい、欲張る癖があります。

研修のプログラムを組み立てるにあたっても、「あれも」「これも」「あー、それも」と、気付けば山盛り。

旅行に行っても、「バケーションなんだから、のーーんびり」と思っていたはずなのに、あっという間に行きたいところリストは満杯。

それでも、やはり、ものごとは、適度、適量が良いと思います。
特にコミュニケーションは、言葉を足せば足すほどあやしくなりがち。

敬語はすっきり使いたい。

「〇〇させて頂きたいかと存じます」。うーん。とっとと始めてと思う。
「〇〇いたします」で十分に丁寧。

「お忙しい中申し訳ありませんが、よろしければ、お時間のある時に、〇〇して頂ければ幸いかと存じます」
うーん。あいまい。今したほうがいいのか、しなくても構わないのでしょうか。
「恐れ入りますが、●●のためにいついつまでに〇〇して頂けませんか」
分かりやすくて、動きやすい。

メールを送るときも注意したい。
特に、言いづらいことを伝える場合。

ついつい、言い訳やら、慮る言葉や、へりくだりなど、修飾語満載。結果、遠回りな割には、必ずしも感じ良くなっていない文面に。
1度書いてから、20%くらい言葉を減らしてみましょう。すっきりします。

人をほめる場面でも。

「すごく」「とっても」と不要な修飾語を付けすぎる。あれもこれもと、いろいろほめちゃう。
短く、1つのことを丁寧に事実と感情の両方で表現すれば、相手の心に届きます。

とりあえず、念のため、と、足すことはそれほど難しくないけれど、引き算は勇気がいります。

ものごと全体からよく見て、自己満足の足し算にならないように気を付けたい。

最近、個人的に引き算したこと。

ニューノーマルに合わせて、爪からジェルを外し、メイクからファンデーションを除き、足元はストッキング排除。

これは引き算?手抜き?
その境界線は難しい。



posted by Ayumi at 11:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

代替案


対象となっている案に釣り合う案。
代替案。

代替案は実力の見せ所だと思います。

クライアントからのリクエストに100%の満額回答返せるなら、もちろん、それに越したことはありません。

時間かけて準備してきたプランをそのまま実行できるなら、もちろん、そうしたい。

それが、なにかの事情でかなわなくなった時。
どのような代替案がだせるか、それが、評価の分かれ道。

ここでも、WHAT と WHY を混乱させないことが大切。

目の前のWHAT にだけ注目すると、満額回答できない場合の代替案は、「やむなく」「仮の」「似た感じ」で、相手にとっての選択肢は、「我慢する」のみ。

そもそものWHY を理解した上での代替案であれば、「形は違って」も、「思いもかけない」案でも、相手の目的を100%クリアすることも可能です。

雑誌を片手に来店のお客さま:「ここに載っている〇〇ありますか?」
販売スタッフ:「申し訳ございません。○○は売り切れました」
お客さま:「・・・」
スタッフ:「ちょうど本日入ってまいりました△△ではいかがでしょうか」

これでは、お客さまは「また来ます」と言って帰るか、△△を買ったとしても満足度は下がります。
WHAT にのみ目を向けた対応は、相手はがっかり、自分も消化不良。

WHY を知ろうとすれば、自然と、相手の気持ち、状況、ニーズを訊ねます。
「おかげ様で〇〇は完売いたしました。どういった点をお気に召していただけたのでしょうか。」「どのようなお使い道でお考えでしたか」

理由が引き出せれば、それをクリアする品は〇〇だけではありません。

「そうなんですね!それでは△△と□□を組み合わせればパーフェクトです!ぜひ、お試しになってみてください」

お客さまの目的を満たし、満足度をMAX100%に上げながら、2つ売れるチャンスになるかもしれません。

集合研修が軒並み延期、あるいは中止という現状。
代替案として急浮上してきたオンライン研修。

クライアントの研修窓口も当初は、「オンラインでは集合研修のような成果が上がらないことは承知しています。仕方ありません」と、多少腰が引けていました。

私自身はもともとは「アンチデジタル、やっぱり直接会わないと」派。「できる限りやってみます」と引き受けたのが3月末頃の現状でした。

実際やってみたら、クライアントからは、「リアルと変わらない」「ここまでオンラインで臨場感があるとは」「却って効果的な点がありましたね」と、高評価。

私自身は、オンラインだからこその利点をたくさん発見しています。
リアル会場ではできないこと、感じられないことが、デジタルになったから可能に、ということを日々実感。

オンラインを集合研修ができないからの「やむなく」の方法としてはいけないんだなぁ。

今後は、むしろ、集合研修をオンラインが不可能だからの「しかたなく」にしないように気を付けよう。
WHY に改めて注目して、集合型だからこその付加価値が生まれるよう意識したい。工夫しよう。





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2020年08月28日

the right to be you


人は誰でも、あなたである権利があるし、あなたらしくあっていいということ。

the right to be you−基本的人権の尊重。

アサーティブコミュニケーション研修のオープニングでお話しする、アサーティブのトレーニングやワークショップが導入された、そもそもの背景です。

研修というとどうしても、スキルやフレームワークに目がいって、それを覚えることが目的になりがち。
せっかく覚えたスキルやフレームワークも、もともとの考え方や発祥、由来を理解した上で使いこなさないと、おかしなことにもなりかねません。

the right to be you−基本的人権の尊重。

人は肌が白くても、黒くても、黄色くても。
男でも、女でも。年が若くても、重ねていても。
したいことはしたいと言っていいし、したくないことはしたくないと言っていい。
この、ごく基本的な考え方が、アサーティブ・コミュニケーションのスタート。

1970年代中頃に、アメリカの多くの企業でアサーティブのトレーニングが導入されたと聞いています。

研修オープニングでの私のセリフ。

「よりよい結果を出すためにも、みんなの意見を掛け合わせたい。ところが、その時代のアメリカは、肌に色のある人や、女性や、年の若過ぎる人、重ね過ぎている人は、それまで発言のチャンスをもらってこなかったので、ビジネスシーンにおいて、さぁ意見をと促されてもなかなか言えない。そこで、発言する術を身に付けようと取り入れられたのが、企業におけるアサーティブトレーニングの始まり」

ここから、「それから何十年も経って、2020年。いまや、肌の色や性別ではないですよね」と、現在のビジネスにおけるアサーティブネスの必要性の説明に続くわけですが。

「その時代」「いまやすでに卒業」、とも言い切れない現状。

肌の色に関してだけでなく、性別に関して、年齢に関して。
残念な事例を目にすることが少なくありません。

ガラスの天井なんていう言葉は、私が新卒で会社に入った頃に聞いた言葉です。
それを2020年になっても聞かされるとは思ってもいませんでした。

Diversity & Inclusion
多様性を受け入れて、認め合い、活かしていくこと。

ここ数年、かなり多くの企業で掲げている重要課題の1つ。
掲げられているということは、まだそこに到達していないということでしょうか。

自然にそうなっている姿が目指すところですが、まずは、改めて、意識することから始めたい。






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2020年08月13日

本末転倒



本:根本的なこと。
末:些末なこと。

ものごとの根本的なことと、そうでないこととを取り違えること。
本末転倒。

そうなってはいけないなぁと、思っています。
そうしたくないと意識しています。

大切なことを疎かにし、大事ではないことを重要視している場合。
きちんとした筋道が立っていない、あるいは、肝心なこを忘れ、つまらないことに集中してしまうこと。
本末転倒。

よく考えればおかしなことだと分かりそうなものだけれど。
それが、実際、取り違えている状況を目にすることは少なくありません。

どうしてそうなるのでしょう。

元々は何か目的があってそうしていたはずなのに、気付いたら、そうすること自体が目的になっている。

どこから入れ替わってしまうのでしょう。

「本」を大切にして、「末」にはおおらか、無頓着、柔軟でありたいです。

本末転倒の意味を調べていたら、こんな解釈も載っていました。

良かれと思い行ったことの逆効果。望まない結果となってしまった場合。

これだなぁ。
たいていの人は、「悪かれ」と思ってしている訳ではありません。
多くの場合、「良かれ」と思って行っていることが、気付けば、度が過ぎたり、逆転したり。

だからこそ、やっかいでもあります。
「悪かれ」は反省すれば直せるけれど、「良かれ」は「良かれ」と思っているだけにブレーキが効かない。むしろ加速する。

気を付けよう。



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2020年08月08日

三方よし


近江商人の思想、行動哲学として語り継がれる、三方よし。
売り手よし、買い手よし、世間よし。
目指したい姿です。

結果として「みんなよし」となるには、理由があるということ、偶然の結果ではなく必然なんだということ、改めて気付かされました。

三方それぞれの実力とスタンスと手間ひまが相まって、初めて、掛け算の成果が生まれるんだということ。

長いお付き合いのクライアントでの毎年恒例の階層別研修。
全国各地から集まって、同期が久々に顔を合わせて、それまでの仕事を振り返り、現状を棚卸しして、この先を考える2日間。

グループディスカッションが主体の、わいわいがやがや形式だからこそ生まれる思いがけない化学反応的な成果。
これはリアル会場での開催が前提条件だと思っていました。

そこにこのコロナ禍。

ネット環境、オンライン・プラットフォームの制約、プログラムの特徴、対象者の所属のバラつき、人数の多さ・・・・。

挙げればきりのない厳しい条件。

今年の開催は無理かとも思ったし、とりあえず急場しのぎに形ばかりのオンラインで最低限のことだけ実施してお茶を濁す感じで終わるかとも危惧しました。

それでも、クライアントの人事担当者と打合せを何度も繰り返し、知恵を出し合い、できる限りの可能性を探り、講師サイドでも検討、勉強会を重ね。
いまできる限りの環境を整え研修をスタート。

スタートしてみれば、受講者の前向きでまじめで熱量のある姿勢と地力の高さが、最後の掛け算の要素となり、想定を超える結果となりました。

計画者である企業の人事担当者にとっても初めての試み、プログラムを届ける講師陣も慣れている訳ではなく、そして主役である受講者にしても初体験のオンライン研修。

三者それそれが、あきらめたり手抜きをせずに、能力最大限に使って臨んだことで、「やむを得ず」「仕方なく」「今年は特別」からスタートした研修が、「オンラインだからこそ」が感じられるプラスアルファの成果をもたらしました。

三方よしは、結果だけを言っているのではなく、関係者それぞれ、三方がみな良質であることの大切さを謳っているのだと思います。


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2020年07月21日

語彙力


語彙力って大切。

感情を表すにも、状況を説明するにも、意思を伝えるにも。
ワンパターンな表現では相手に届かないし、借りてきたような通り一遍の言葉では響きません。

マイナスの感情も、無理して押し殺すのではなく、自分の気持ちに近い言葉で表現したい。
つらい、悲しい、残念、苦しい、困っている、大変、がっかり、ショック、不安、心配、くやしい・・・

プラスの感情も、端折らずに、きちんと言葉にして伝えたい。
嬉しい、ありがたい、感謝、感激、幸せ、楽しい、感動、わくわく、どきどき、大好き、面白い・・・

仕事のコミュニケーションとなると、なぜか、多くの人が「事実ベースで」「論理的に」「感情は抑えて」と思いがち。

感情を出してはいけないと思い過ぎて、抑えて、抑えて。
いよいよという時には、自分が思っているより強い言葉が口をついたり、表現しきれずに後々まで尾を引いたり。

コミュニケーションは反射神経だと思います。
それでも、日頃棚卸しのできていない単語がピンチな時に突如天から降ってきてくれることはありません。
落ち着いている時に、一度、リストアップしてみよう。

誰もが経験したことのない新様式下。

店頭接客販売においては、商品を身に付けることも、試しに肌に乗せてみることも、お客さまに触れることも難しくなりました。

見れば分かる、着れば分かる、付ければ分かる、食べれば分かる・・・という訳にはいかなくなりました。

五感に訴える語彙力を磨いてみよう。

視覚: 鮮やかな、柔らかい、明るい、おさえた、元気になる
聴覚: シャキッとした、くるくるっと、カチッと、涼やかな、パシャパシャと
嗅覚: 落ち着く、リラックスできる、春らしい、爽やかな、すーっとする
触覚: すべすべ、もっちり、肌に吸い付くような、ふんわり、ひんやり
味覚: 甘い、ほろ苦い、ビターな、しびれるような、甘酸っぱい

大人のコミュニケーションにおける、しなやかで力強い武器(闘う訳じゃないけど)、語彙力を磨いて、厳しい制約のピンチを、表現力アップのチャンスと捉えたいです。

マジ、やばい、ウケルーの三言で終えないように。



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2020年07月08日

FAIR


フェアでありたいと思っています。
大好きなスポーツ観戦も、フェアプレイに胸を打たれます。

そのつもりだったのに、何となく仕事をしているうちに、知らず知らず、なんだかずれていたことに気付かされたできごと。

とある、外資系薬品メーカー。
すでにいくつかの研修実績があり、良好なビジネス関係が構築されている相手。

このたび、今後の参考として、公開型セミナーへの参加をお勧めしました。
トライアル的な意味もあるからご招待で、とも思ったけれど。
無料招待も違うなぁと、半額でご案内。

喜ばれると思っていたら、返信メールは私にとって、思いもかけない内容でした。

ディスカウントの理由を知りたい。50%も値引きしてくれる理由は?

調達部からの問い合わせだそうで。

ああ。そうか。
そうですね。

怪しい値引きは「賄賂」的な意味合いになるかもしれないし、元々の価格の信ぴょう性が揺らぐことでもありますね。

長いこと仕事して、たくさんの見積りも出してきました。
むやみな割引、意味の分からない値引きはしないことにしてきたつもり。
それでも、ここのところの厳しいビジネス環境下で、何となく、腰が引けていたかもしれません。

適正にして最大の利益を得る・・・だいぶ以前にHPWayとして教わり、自分の仕事スタンスの基本にしていたはずなのに。

もちろん、今回は、今後の本格的導入の前のトライアル参加なので50%です、セールスプロモーションの一環です、とこちらなりの理由を改めて提示しました。

窓口になってくださっている研修担当マネージャーには、
今回のことで御社が真にフェアな会社であることに改めて気付かされました。そのような会社と取引させて頂いてることを嬉しく思います。とお返事しました。
がんばって、英語で。

基本の軸をずらさないようにしたい。
一方で、相手の状況に配慮して柔軟に対応することも忘れないようにしよう。






posted by Ayumi at 12:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月26日

人たらし


だいぶ以前にクライアントの担当者から、「大串さんは人たらしだ」と言われたことがあります。

人たらし。
その人は誉め言葉で言ってくださったのだと思うけど。

そもそもは、誑す、すなわち、騙すだから、良い意味ではないはず。

辞書によれば、
巧みな言葉で騙す、甘い言葉で誘惑し、たぶらかす、とありました。

人たらしが良い意味で使われるようになったきっかけは、豊臣秀吉にまつわるエピソードから。

目上の武将や部下からも信頼の厚かった秀吉を、司馬遼太郎さんが「人たらしの天才」と評したことから、周囲から愛される人、周りから信頼される人という意味として浸透したとか。

相手に対する思いやり、さりげない気遣いを、誰に対しても発揮できる人。

その意味であれば、目指したい姿です。

誑すか、気遣いか、の違いは、目に見える行動としては、ほんの少しですが、その、意味合いはだいぶ違う。

今まで多くの人と仕事で接してきた中で、こうゆう人が、良い意味での人たらしだなぁと思う例はいくつか思い浮かびます。

そこにある共通点。

・楽しそうに仕事している
・ものの見方、捉え方が前向き、肯定的
・上下、内外、左右、いつでも、どのような相手にも同じスタンスで接する
・社内や仲間の悪口を言わない
・無理せず自然体
・相手に関心もって観察して、ほんの少しの変化に気付ける
・相手の話をよく聞いて、相手の言葉を尊重している

一緒にいて気分のよい人、一緒にいた時間が有意義に感じられる人、ということでしょうか。

並べてみれば当たり前のことのようにも思うけれど、言うは易く行うは難し。

騙そうと思っての行動は、どこかで行き詰まります。
相手に対する思いやりや、配慮、気遣いは、自分自身のプラスのエネルギーを生みます。

そもそも、人を誘惑することはできないけど、正しくたらしたいなぁ。

 




posted by Ayumi at 16:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月14日

ちぐはぐ


目指したいのは、consistency、一貫性。
心がけたいのは、Walk the talk、言行一致。

いやだなぁと思うことは、ちぐはぐなこと、です。
避けたいのは、理由、目的を理解しないままにアクションとること、です。

ちぐはぐ:
ものごとがかみ合わず、違和感があること。
ものごとが不ぞろいであること。

もちろん、常に統一感があったり、全てが整理整頓された状態であったりは、無理なことだし、むしろ、不自然だと思います。

誰も経験したことのない一大事。
未曾有のできごと。

正解なんて誰にも分らないし、トライ&エラーもあって仕方ないとは思います。

それでも、どう考えても、街中にはちぐはぐなことがあふれている。

横断歩道で、前から来たマスク姿の男性。
すれ違いざまに、急にマスクを外したと思ったら、「ヘークショーンッッ!」て大きなくしゃみ。
どうゆうことだろう。

とあるショップ。ガラス張りのひろーい店内。3密防ぐためにという御旗のもとに、予約制で、且つ、人数制限しての入店なので、中はガラガラ。一方で、入店を待つ大勢の人でその店の前の歩道は大混雑。
いいのかなぁ。

いまやすっかりおなじみになった、入店、入館前の検温。私はなぜか反応しにくいらしく、何回かに1回は、34.44度なんて体温が表示される。それ、測れていないってことだと思うけど。「高温ではないということで・・・」と言って通される。
ありですか。

非常事態だからこそ、よく見えるのかもしれない。
これまでも、ちぐはぐ、ってたくさんあったのですよね。

何のためなのか、理由、目的を自分なりに理解して、ふさわしい行動を取りたい。

最近、時間にゆとりもあるので、ウオーキングよくしています。
コロナ太り改善目的でもあるはずなのに、その後にご褒美のスイーツ食べるって。
ちぐはぐの最たるものだぁ。





posted by Ayumi at 11:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月01日

不要不急


絶対必要かと問われれば、そうとは言い切れない。
何が何でもいま必要かと詰め寄られれば、そうとも言い返せない。

いままで、どれだけ、不要不急なものに楽しませてもらい、癒され、幸せ気分にしてもらってきたのでしょう。

ラグジュアリー。

私が提供する研修の中でも、特に大切で、スペシャルなテーマの1つです。

ラグジュアリーとは何か、の問いに対する答えは、人それぞれ、本当にさまざま。

贅沢、豪華、高級感、特別感、高額品、あこがれ・・・・。

どれも正解ですが、どれも唯一無二の模範解答とは言えません。
答が1つではないのがその答とも言えます。

そのような中でも、特にそうだなぁと思う答、いまだからこそ、考えさせられる、ラグジュアリーの定義;

「余分なものは、同時に、必要なものでもある」

ある哲学者の言葉です。

ラグジュアリーとは、
それがなくても、人間が生物として機能的には生きていけるけれど、一方で、人として、自分らしく、暮らしを彩るためには、なくてはならないもの、と言えるのではないでしょうか。

「ラグジュアリーとお金は無関係で非なるもの」

マーケティングの専門家の答です。

値段が高いからラグジュアリー、という訳ではありません。

「私たちは夢を売るためにここにいます」

ラグジュアリーブランドの販売員のラグジュアリーの定義です。

モノを買っていただくだけなら、他にもいろいろなチャネルがあります。
自分でなくても対応はできます。

そのモノの後ろにある背景、作り手の思いや夢までを乗せて、目の前のお客さまの夢の実現のために、お届けする。

不要不急だからこそ。
なくても生きていけるものだからこそ。

必要だと感じていただき、いまこの瞬間をベストタイミングと思っていただける、そんな仕事をしたい。

ラグジュアリーの定義の中に、自分の仕事の仕方を考えるヒントがありました。

posted by Ayumi at 17:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月27日

一陽来復


一陽来復:

冬が終わり春がくること。
悪いことが続いた後にようやくものごとが良い方向に向かうこと。

冬来たりなば春遠からじ:

寒さが厳しい冬の後には暖かい春がやってくること。
辛く困難な時期を耐えぬけば、明るく希望に満ちた幸せな時期が必ず巡ってくるということ。

確かに。

200超えという1日の新規感染者の数を聞いたときには、これはいつまで続くのか、収束はあるのかと、絶望的になったけど、数は落ち着いてきました。

緊急事態だと宣言されて、これはいつまで続くのか、解除はあるのかと、途方にくれたけど、解除はされました。

それでも、公が発する「春」の宣言と、実際の肌感覚は大分違う。

個人的には、まだまだ先が見えなくてめまいがしそうです。
春も、その先の夏も。
スケジュール表見るとため息がでます。

明けない夜はない。
止まらない雨はない。
日はまた昇る。

本当、ですよね?

自らに言い聞かせて、顔を上げよう。




posted by Ayumi at 17:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月22日

一長一短


物事には、長所・短所、または、メリット・デメリット、よい面・悪い面、たいてい、両方ある。そう思っています。

一長一短。

どんなにすばらしいもののように見えても、使い勝手が悪い一面もあるし。
最高と思える状況にも、落とし穴はある。

よいと思って浮かれていないで、冷静に捉えなければ。

最悪と思う事態にも、何かしら発見があるし。
個人的にはどうなのかと思うような人からも、学べる点があります。

マイナス面だけ見てたら、自分にとって何一つ得にならない。

一長一短。大切な視点だと、思ってきました。

が、

ここしばらく続いている、この、未曾有の状況にも、”長”は探せるのでしょうか。

●3月以降 miss しているもの、こと。

・大大大好きなスポーツ観戦
テニスはない、ゴルフもない、ラグビーも、相撲も・・・。
テレビでたまたまスポーツやってる!と思ったら、12年前の名場面。悲しすぎ。

・幼なじみたちとのテニスやら食事会やら
一般的に考えれば、それこそ不要不急の最たる例のようなことだけれど・・・。
くだらないけど幸せなお集まりがなくなって数カ月。つまらなすぎる。

・歌舞伎、ミュージカル、コンサート鑑賞
3月以降やまほど予定していたお楽しみが全滅・・・。
観ないからと言って生きていけないわけではないけれど。残念すぎる。

・言ったらきりがないけど、仕事、仕事、仕事
毎年250日以上研修していたというのに。カレンダーには×マークがずらり。
昨年と比較することさえ無意味な気がします。苦しすぎる。

はぁ。いくらでも挙げられる。
短ばかり。

長はあるの?
挙げてみよう。

●ここ最近 get したもの、こと

・ウオーキングの習慣 
タクシーのヘビーユーザーだった私。今は意識的に歩いています。いくらでも歩ける感じ。意外。

・睡眠時間
今までみたいに5時に起きる必要もないので、ゆっくりめの朝。不思議な感覚。

・家族と夕飯
気が付いたら夕方6時には2人揃ってお夕飯。びっくりです。

・オンライン研修
2カ月前には想像もしていなかったこと。私がPCの画面に向かって研修。新しい発見。

悪くもないか。

さて、これからが大切です。

ものにも、ことにも、行動にも、選択肢が広がったとも言える状況。
強いられてでも、仕方がないからでもなくて、自分のものさしできちんと選んでいきたい。

 




posted by Ayumi at 12:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする