2020年10月29日

公正


公平と公正。
似たような言葉だけれど、レベル感がだいぶ違う。

公平:判断や行動が偏っていないこと。
公正:判断や行動が偏っていないくて、正しい、正当なこと。

公平は、意識すれば、なんとか、実践できるようにも思います。

バランス感覚を意識的に駆使すれば、偏りはかなり防げる。
多様な人々の様々な意見を聴いていけば、ある程度の偏りは解消できる。

公正は、なかなか、難しい。

正しいか、正当かは、人によって物差しがまちまちです。

誰かにとって当たり前なことは、他の誰かにとってはありえないことだったり。

ある人たちにとって許しがたいことが、別の人たちにとっては大歓迎のことであったりもします。

正しいかどうかは、過去先人たちによって実証されてきたことを拠り所にするか、先に皆で決めたことに合っているかどうかを基準に判断することだ、と思っていました。

そもそも、その以前の決め事に関しても解釈が違うことがあれば、もう、本当に難しい。

天下国家は語らないけれど。

自分の責任の範囲、自分が周りに影響を及ぼすことに関しては、公正を心がけ、且つ、自分の判断が絶対正しいとは思いこまないようにしたい。

「正しい」、「正当だ」という強すぎる思い込みの上に立った判断はこわかったり、迷惑だったりします。

コミュニケーション研修は直接会うのがベストと思ってきたけれど。オンラインにはまた別の新たな効果があることに気付かされています。

信念と思い込みの微妙な境界線を間違わないよう、注意しよう。




posted by Ayumi at 08:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月18日

閉塞感


自らを取り巻く状況を何とか打開しようと試みるものの、その状況を打開できずもがき苦しんでいる状態。
先行きの見えない状態。

閉塞感が漂う日々が続いて久しいです。

なんだか息苦しいし、なんだか気が晴れないし。
見えない相手との戦いはつかれるし、うんざりします。

「あれはだめ」「これはいけない」「これして」「あれして」

制約や条件、要請や依頼がいくつも重なって、身動きとれない状態のビジネス現場をよく見ます。

「仕方ない」「できる範囲で」「今はむり」

制約や条件に縛られて、委縮して、小さくなっている声もよく聞きます。

そうなんだろうか。今だからなんでしょうか。
制約や条件がなかったときには、やりたいこと、遠慮せずにしていたのだろうか。

こんなときこそ、改めて、自分の基本、自分が目指す姿を見直してみたいです。

改めて、自分ができること、したいこと、そして、周りから望まれていることを考えてみる。

コロナでなくても、しなくてもいいことはしないし。
コロナであっても、すべきことはしたい。

まずは背筋伸ばして、大きく呼吸して、肩の力抜いて、もしかしたら、自らもつくっていたかもしれない「閉塞感」は取り払う。

先日、ペディキュアを担当してくれたネイリストから、「足の指が伸び伸びしていますね」と言われました。

この7〜8カ月はハイヒールで1日中立って研修という機会が極端に減ったので、それまで、ぎゅーっと縮こまっていた足の指たちが解放感を満喫しているらしい。

全てが解放されることもないし、どこも閉塞っていこともないわけで。
できないことに目を向けずに、できることをやってみます。



posted by Ayumi at 11:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする